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不意にぱぱーんと乾いた音を立て、
やっと何とか濃い色に深まり出した宵の空が
大輪の花火に彩られる。
とある住宅街に添う中通りにも
そんな音と光は届いており、
「え?なになに?」
「花火大会って来週だよね。」
急遽開かれていた夜店屋台目当てに繰り出していた人々が、
そちらもまた不意打ちのような格好で夜空に開いた火花の華線に
少なからず驚いたのだろう。
揃って顔を上げつつ、
何が起きたのかと不安そうな口ぶりになってしまったものの、
「ああ、あれは来週の花火の試し打ちみたいなもんなんですよ。」
世話役という名札を浴衣の帯へ着けた、ごま塩頭の壮年男性が、
団扇を振り振り、良く通る声でそうと言い、
「この夜店祭りもそんなようなもんでしてね。
これからのシーズン明けにあちこちへ繰り出す顔ぶれが、
腕慣らしをさせてもらってるよなもんで。」
周囲の客らが同じようなポーズで立ちどまったのへ
誰へというものでもない声を掛けた辺り、
こういった場で率先して説明に立つことへも慣れた人物であるらしく、
「試し打ちなんで一発だけです、お騒がせしましたね。」
人好きのしそうな笑顔を前後や左右へと振り向けては、
すんませんねと愛嬌たっぷりにお辞儀する様子が、
周囲の人々にもすんなりとした納得と安堵を招いたようで。
なぁんだそっかぁなんて声が漏れ、提灯が照らす通りと雑踏にざわめきが舞い戻る。
場の空気が緩やかに元通りのそれへと戻ったことへ安堵の吐息をつきながら、
なかなかに精悍な体つきを浴衣に隠した壮年殿、その胸中でこそりと呟いた。
“銃声なんてものをかき消すための装置なんて、
使わないに越したことはねぇんですがね。”
ポートマフィア謹製の特殊な装置。
万が一にもそんな物騒な物音が放たれた場合
速やかに作動して掻き消せるよう、
音感センサー付きのそのようなものを用意させられた。
銃声なんぞ自分らが動けば当たり前のようについてくるもので、
それを隠蔽しようだなんて。
しかも住人への気遣いからだなんて、
いかにも“武装探偵社”ならではな考えようで。
甘いなぁ、しかも回りくどいことよなぁと呆れた。
実際、銃撃は起きた訳だのに、一時しのぎに隠したってしょうがなかろうに。
だがまあ、このような場所で余計な関心を招き、
余計な目撃者を生み出さぬようにしたければ…と
幹部殿から付け足された云いようには成程と理解も追いつき、
もっぱら戦闘武装&拷問用の研究が十八番な研究班から
匹敵しよう装置を借り出しておいたのだが。
それが作動しての花火だということは…
“中原さんたちにもコトの次第は届いたことになるんだろうねぇ。”
若い手勢二人が詰めてた一角への対処。
しかも一人は素人も同然の探偵社員だと聞いており、
この流れだが大事でなけりゃあいいのにねぇと、
自分へ話を持ってきた、小柄だが人望も厚くて凄腕の幹部様を思い出し、
う〜んと案じるように陽に灼けた雄々しい首を傾けた壮年殿であったのだった。
◇◇
日頃のこの時間帯だと、あんまり人通りもなくてしんと静かな土地柄で。
時折思い出したように靴音がしたり、
学生だろうか連れだって通るのの話し声が、静寂の中へやけに響いて
それもまた静かなこと感じさせるばかりなのだが、
「あんな風ににぎやかだと、そっちへ注意が逸れて助かるねぇ。」
お囃子やら爆音BGMこそないけれど、
人が集まっているという気配だけでも人の注意を引くもので。
しかもそれが楽しい賑わいと来れば、
怖いもの知らずや向こう見ずでなくとも
何だろ何だろと万人が耳目を集めようというもの。
「つまらぬ好奇心から命を落とす馬鹿な話もないものだが、
そういう教えを受けてない若者はいつの世も減らないようだしねぇ。」
「おやおや辰さん、そんな物騒な話ですかい? こりゃあ。」
簡易のそれだろう、大人の背丈にも満たない高さの、だが光量は結構な強さのそれ、
工事現場なんぞに使われるような照明灯を無骨なスタンドで立てる格好の投光器を設置し、
イヌツゲかサツキか、一見するとパセリみたいな茂みの傍らを
大きめのシャベルで黙々と掘り下げる男衆二人ほどの作業を
そちらはぼそぼそと語らい合いつつ眺めている壮年と初老の男らがおり。
まだ虫の声にも早い時期、
ざくざくじゃりりという湿った砂利を削る響きが延々と聞こえるなんて、
夏の夜長にあっては誰ぞに聞きつけられよう不審な物音だが、
今宵は都合のいい騒ぎのおかげでそれも隠しおおせている模様。
「此処に間違いはないんですかい?」
「ああ。手に入った見取り図だとそうなるんだよ。」
初老の男が少しずつ深くなる穴を見やってそうと応じ、
「ただ、だからって
此処をだけ手に入れたりすると、勘繰る奴も出ようから、」
それで、この辺りの広範囲を手に入れようとしていたのだ…と続きかけた声へ食い気味に、
「とはいえ、まだあんたのもんじゃないでしょうに、
何を勝手に掘り返しているんですか?」
彼らに比すれば十分に若い男の声がして。
しかも何の遠慮もない、伸び伸びとした良く通る声。
後ろ暗いことだという自覚はあったか、何だ何だと辺りを慌てたように見回す彼らへ、
「暗いことが身を隠す隠れ蓑となってるのはお互い様だ。
だがね、何も同じ高さにいるとは限らねぇ。」
別の男の声がした。しかも、
「…上だとっ。」
声が言うよに、この庭を含む家屋の持ち主は
まだ売却に首を縦に振ったわけじゃあない。
だが、嫌がらせに辟易してかとうに他所へ住いを移しており、
誰もいないはずだというにと高を括っていただけに、不意な声には焦ったし。
声の出元を辿った先が、何もないはずの頭上だと気づいてギョッとする。
護衛にと連れて来ていた数人の黒服が主人らへ駆け寄り、
拳銃でも持参しているものか、薄っぺらいスーツの懐へ手を入れつつ見上げた先。
家主自慢の広々とした庭園のあちこちへ数基ほど設置されているそれとは別、
すぐ外の街路に沿うて点々と設置された街灯の、
ゴルフクラブのように曲がった先へ、身を丸めるようにしゃがみ込んでいる人影がある。
しかも、
「な…。」
街灯の上側ではなく、下側にしゃがみ込むというなかなかにシュールな構図が、
まずは目を疑う光景であり。
しかもしかもコウモリのようにぶら下がっているのじゃあない、
よく見れば帽子をかぶっているようだが、
その縁から伸びる髪はまるで逆立ってないし、
ウエストカットの短いスーツらしき上着の裾などが下へと垂れさがっていないし、
衣装の在りよう自体、下へと下がるような不細工なことになっていない。
まるでそういった細部の処理をうっかり忘れたまま背景へ貼りつけられたCGのようで、
何とも不自然なのが却って不気味だったが、
ただの細工や人形ではない証拠のように、
そのまますっくと“下へ向かって”立ち上がり、屋敷側へくるりと振り向いた。
「まあ、公言出来ねぇ理由から其処に用があるんだ、
手に入ってたとしたって、こっそり掘ってたんだろうがな。」
「…っ。」
何でこのような胡乱なことをしているのか、知っているよな口振りなのへ、
主人であるらしき高そうなスーツ姿の年嵩二人がぎくりと顔を引きつらせたが、
「何を言いやがる。」
辰と呼ばれていた側が荒事の専門家か、
空威張りのような上ずった声を上げ、周囲へ寄ってた黒服たちをけしかける。
「どこの馬の骨か知らんが、引きずり下ろして畳んじまえ。」
「おうっ。」
馬鹿正直に駆けだしたものの、庭と街路の間には鉄柵が張り巡らされていて、
大周りにどこかの通用口まで回らにゃならぬと気づいた先頭が方向転換しかかったのへ、
「こっちも暇じゃあねぇんだ。」
手間は取らせないということか、
二階屋の屋根くらいという結構な高さがあったところから
男がひょいと軽やかに降りてくる。
まずは鉄柵の上へ体の方向も正して降り、
そこから風を孕むよにして上着をひるがえし、
庭のうちへと降りてきた所作動作はどこを取っても羽根のような軽やかさで。
だがだが、降りて来て判ったのは、
身にまとった衣服が漆黒かそれに近いダークカラーでまとめられていたこと。
帽子の縁から覗く髪色は明るいらしかったが、常夜灯の明るみは正確な色彩を見せはせず、
真っ当な職の人間ではないなということのみ伝わって。
「まさか…。」
たった一人で数人を相手のあの物言い、
しかもこちらはいかにも筋ものという雰囲気なのに、
怖気もしない、むしろ挑発するよな落ち着きはらった態度といい、
真っ当な関係者ではなかろうと思うのも自然な流れで。
「貴様、まさかポートマフィアの…。」
「だったらどうなんだい? ××組のヨコハマを預かる手代さんよ。」
中也が手をつけたのは今日の朝一番からだが、
此処ヨコハマの夜の底を牛耳るポートマフィアの情報網を舐めてはいけない。
新興組織の動静くらいはお手の物だし、むしろ一般の方々の素性よりも手繰りやすい代物で。
「そっちのおっさんに何かしら依頼されたらしいが
やり方が斜めなんでなかなか真意が掴めなんだよ。」
「ぐ…っ。」
今はちゃんと全容を掴んでいると、暗に言ってるようなもの。
そうと察して相手も苦虫を噛み潰したような顔になり、
「ちっ!」
匕首をぎりと握り、こちらへ一気に突っ込んできた手合いが一人。
結構な出足であっという間に間を詰め、どんッと勢い良くぶつかって、
小柄な相手の懐へと飛び込む格好、
確かに堅い手ごたえがあり、にやと笑ったその顔の前で、
長い前髪がふるると揺すぶられ、そこから現れた端正な顔が…やはりにんまり笑いかえす。
「届いてねぇぜ?」
不敵な笑みは余裕綽々なそれであり、
「近いが遠いんだな、これが。」
両手は依然としてトラウザーパンツのポケットの中。
だのに、匕首の切っ先はなんら打撃を与えてないという素振りで、
事実、影響は齎してない模様。
ふふんと笑ったそのまま、目ヂカラのみをギンと強めれば、
「わ…っ。」
胸板をよほどの力でどんっと押し返されたよに、
駆けて来た元の方向へそのまま軽々ふっ飛ばされた男が、
そちらにあったこじゃれた常夜灯の柱に背を打ち付けて気絶する。
「…さては異能力者だな。」
「ああ。さすがに知ってるんだな。」
暴力でねじ伏せる世界のものならば、それがどれほど得な武装かにも通じていよう。
××組の手代と呼ばれた辰という壮年男、
忌々しげに睨みつける相手が、マフィアでどのくらいの格かは判ってないらしく。
だが、異能には通じているよで。
“さて。どう出るのかな。”
こちらは少し遠巻きになった先、
同じ庭の中ながら完璧に気配を消した太宰が見守る中、
異能という今時の武装を知りうるだけでも上級な、
闇の社会の者同士の角突き合いが、静かに始まろうとしておいで。
to be continued. (17.07.29.〜)
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*時間切れです…。
続きはもちょっとお待ちを。

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